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壷14.1cm×14.3cm×高22.2cm 【売約済み】
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壷13.7cm×28.3cm×高41.8cm 【売約済み】
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変幻していく作品の数々…どの作品も極めて完成度の高い一品である。
一般的に作家が新しい作品を発表するのに2〜3年はかかるものだ。
だが、加守田 章二という作家は作品を半年ごとに変え、常に新しいスタイルで周囲の度肝を抜いてきた鬼才である。
当時の加守田に影響をされていない作家はいないだろう。一度見てしまったらどこかに、影響がでてしまう。
20世紀の陶芸界の鬼才と語られる彼の生涯は陶芸という土と炎に自らの魂をエネルギーにして注ぎ込み、昇華してしまったのかと思わせるほどに濃く、鬼気迫るものがある。
天才が脅威的な努力をしたとき可能性というものは想像を絶するほどに大きく開花するのだという証明になる人物だ。
濱田 庄司の作品に加守田が深い感動を受けていたという話があるが、まるで正反対の作品を生み出している事が加守田 章二らしいのだろう。
陶芸に関しては妥協なく常に厳しい姿勢であった反面、家族に対する温かみも人一倍であったことも有名である。
遠野で作陶している際に益子にいる妻・子供にほほえましい内容の絵はがきを送っていたり、東京での個展で展示が終わると、遅い時間でも益子に帰り夕食は自宅で食べていたと云うエピソードがあるのだ。
いのちを削って作陶してきたといわざるを得ない加守田 章二の生涯は余りにも短かった。
20世紀の陶芸界の大きな損失と言われたほどだ。
1933年 |
4月16日に大阪府岸和田市に生まれる |
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1955年 |
新匠会にて、「鳥文灰釉皿」を出品し、佳作賞を受賞 |
1956年 |
京都市立美術大学工芸科陶磁器専攻を卒業 |
1959年 |
益子町道祖土にて独立する |
1960年 |
「第15回新匠会展」にて、努力賞を受賞 |
1961年 |
「第16回新匠会公募展覧会」にて、会友努力賞を受賞 |
1964年 |
東京五島美術館主催「第7回陶芸の新世代展」に招待出品 |
1966年 |
「第1回ジャパン・アート・フェスティバル」に招待出品 |
1967年 |
「灰釉大鉢」が京都国立近代美術館お買上となる |
1968年 |
京都国立近代美術館「現代陶芸の新世代展」に招待出品 |
1969年 |
「長方皿」が東京国立近代美術館お買上となる |
1970年 |
東京国立近代美術館主催「現代陶芸 - ヨーロッパと日本」に招待出品 |
1971年 |
京都国立近代美術館「現代陶芸 - アメリカ、カナダ、メキシコ、日本」に「彩陶壷(1971)」「彩陶長方皿(1971)」を招待出品 |
1974年 |
昭和48年度芸術選奨文部大臣新人賞(美術部門)受賞。陶芸会では初めての受賞 |
1975年 |
毎日新聞社主催「第3回日本陶芸展」に「壷」を招待出品 |
1977年 |
栃木県立美術館「栃木県美術の現況」展に招待出品 |
1979年 |
日本陶磁器協会主催「第21回現代陶芸選抜展」に招待出品 |
1981年 |
台北・国立歴史博物館「中・日現代陶芸家作品展」に招待出品 |
1983年 |
2月26日 肺炎による肺不全のため死去 |
1986年 |
岸和田市文化会館「加守田章二遺作展」 |
1987年 |
京都国立近代美術館工芸館「現代陶芸の美 加守田章二展」 |
1990年 |
池袋西武「限りなく追求された造形 加守田章二作品展」 |
1991年 |
常陽藝文センター「常陽藝文 意匠の彩 加守田章二展」 |
1999年 |
益子陶芸美術館「加守田章二展 第1章 土の生命を求めて1959-1969」 |
2001年 |
益子陶芸美術館「加守田章二展 第2章 生命のかたち1970-1973」 |
2003年 |
益子陶芸美術館「加守田章二展 第3章 飛翔する生命1973-1980」 |
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